楽曲分析:いきものがかり「ありがとう」(2010年水野良樹)
楽曲分析:いきものがかり「ありがとう」(2010年水野良樹)
☆「Ⅰ-Ⅲ7」進行の「Ⅲ7」の部分に〈ド〉のメロディを当てる。これが「懐かしい切なさ」を演出するためのテッパンなのだ!
水野良樹の手による「ありがとう」(2010年いきものがかり)は,いきものがかりの代表曲であり絶賛を浴びている。その曲は完璧で,計算され尽くされているそうだ。
果たしてそれは真実なのか。そこで,この曲のサビの構造を丸裸にしてみよう。これが計算ずくで書かれた曲ならば,その方法を修得することで,君はまた一歩ヒットメーカーに近づくはずだ。
水野の狙いは,小学校~中学校くらいまでの音楽体験を好む人々がもつ,いわば「子ども耳」を鷲掴みにすることである。ところがそれは思いのほか難しい。彼らは喰い付きも早いが,あっという間に飽きてしまう。そこで水野は,シンプルなメロディに考えぬかれたコードを合わせることで,「子ども耳」を釘付けにする方法を編み出した。結果,子どもたちはその簡便なメロディに,大人たちはそのメロディとコードから醸し出されるセピア色の雰囲気に心奪われたのだった(「三丁目の夕日」的な,というか「ゲゲゲの女房」的な)。その魔法が効いている間,いきものがかりどもの高笑いは止むことかなかったという。
「刻過ぎて 想えば切ない ガキの頃」。水野の大好物はこれである。
まずサビのコードを分析する。部分的に細かく転調を繰り返しているのだが,面倒なのですべてKeyInCで説明する。
サビのコード進行:「C-E7-Am-Gm7•C7-Bphi•E7-Am-D7-F-Fm•G7」
前半の冒頭は,ありがちなブルージーな導入(Ⅰ-Ⅲ7-Ⅵm)。3小節目でC長調からA短調に転調している(平行短調)。直後にSlyの"It's a Family Affair"進行(Ⅴm7-C7)からF長調に転調する(もはやお馴染のミクソリディアン系サウンド)。だからセオリー通りならトニックのFメジャーのコードに解決するはずである。しかしここではセオリーを無視して突如「Bphi」というコードが出現する(♪みぎては~)。
いわばC7を「偽トニック」に見立てることで、本来のトニック(F)を省略して更なる展開に持ち込んでいくのである。続くBphiはC長調のⅦphiにあたる。これを5小節目の冒頭にもってくるという発想はなかなか出てこないものだ。この「Bphi-E7-Am」のコード進行を平行短調であるA短調から見ると「Ⅱphi-Ⅴ7-Ⅰm」の短調のツーファイブになっている。
C長調、F長調、A短調。冒頭からの6小節でキーを三つ駆使している。
いやー,しかしBphiには一本取られた。このイタズラなまでの裏切りは,ほとんど「けしからん域」にまで達している。やはりこの男,只者ではない。
後半はBphi•E7-Amから続いて,再びA短調に転調する。その後D7からF,Fm,そしてG7へと半音階の変化を交えた展開が続いてトニックであるCに終止する。ビートルズ・コードをてんこ盛りにしながら,どうだと言わんばかりにその知識をさりげなく披瀝。とは言え,やってることはあくまでも日本の歌謡曲というのがミソ。
とはいえ,Bphiを5小節目の頭に持ってくるというワザには恐れ入った。これは非常に高度な技術だ。
次いでメロディ・ラインを分析する。
この曲の特徴は,掴みが明朗なC調のメロディで歌いやすいことと,その後,短調的なお涙頂戴的コードに展開し,最後に再びC調の大団円に持ち込むという,日本的歌謡曲の王道的な流れにある。そう,これは「上を向いて歩こう」のパターンを踏襲しているのだ。その意味で,これは日本的なヒットの響きに従ったものである。
ドレミファ〈ソ〉(ありがと〈う〉)+〈ラ〉ソファミレミ(〈ってつ〉たえたくて)
ミ〈ド〉シ〈ド〉(あ〈な〉た〈を〉)+ミミレドラソ(みつめるけど)
冒頭の「ドレミファソ」のメロディ・ライン。あまりにも型破りなシンプルさと,馬鹿正直なストレートさで「子ども耳」が鷲掴みになる。実はサビの冒頭に「ソ」が来る曲は非常に珍しい。つまり,このメロディは「偶然にできちゃった」などという代物ではないのだ。
続くポイントは〈ラ〉,そして一番のクライマックスは〈ド〉である(あなたを~)。
Cのコードに〈ラ〉が乗ると,一瞬だけAm7のコードの響き,つまりマイナー的な響きになる。ここで一瞬「あれっ?」と思わせつつ,次のE7のコードでますますマイナー的な響きが滲んでくる。そしてE7の上に乗るのは〈ド〉のメロディ。〈ド〉の音程はE7のb6th(あ〈な〉たを~),同じくAmのb3rd(あなた〈を〉~)になっている。このb6thのAugment的な響きの歪みがAmのb3rdに解決することで,聴く人は「♪あなたを~」想いながら「何だかやけに切なくなっちゃった」となる(〈ド〉の音は,E7のb6th,Amのb3rd)。しめたものだ。
メロディのポイントをまとめると,シンプルなドレミファソの〈ソ〉,マイナー的な響きをもつ〈ラ〉,そして最後にE7のオーギュメントの〈ド〉。
「ありがとう」が大ヒットした「耳ツボ」がこれだ。
よくよく聴いてみると,曲調と歌詞の意味が何だかズレてることに気づかされる。回想的な響きの曲なのに,歌詞ではいまの二人の未来を綴っている。この二人,果たして上手くいくのかな?
その答えはCDジャケットにあった。そこには老夫婦の姿が映し出されている。この曲は「上を向いて」歩いてきた二人が回想する,思い出のワンシーンを歌ったものなのである。そしていま,繋いできた右手はBphiの響きに包まれている。それは二人のこれからを暗示している。
(phi=Φは黄金律,つまり愛の関係を意味している。しかしその響きは,終末=endを予感させる)
ここにはハッキリとした戦略がある。
水野は決して作曲の天才ではない。あくまでも戦略的作曲の天才なのだ。彼の眼差しは,つねに過去に向けられている。そして繊細に目配せしながら一つの楽曲に思いを込めて,音符と歌詞を丁寧に整えた小さな「物語」が完成した。水野良樹は「刻のコレクター」という稀有な能力をもった優れて物語的な作曲家であり,「ありがとう」という楽曲はそのようにして紡ぎだされた一つの物語である。
(補足)
メロディ・コア進行:「ソミドソ」+「ミレドレ」(ソレミシドミソミ・ミレレドドファレシ・ド)
テスト③★伊藤心太郎「恋するフォーチュンクッキー」(2013年AKB48)
★伊藤心太郎「恋するフォーチュンクッキー」(2013年AKB48) 〔カノン系〕
<特異音>
正:シAm7/G(2):ソラ「シ」ラソミ~(わる「く」ないよ~)
副:ラG/B(2):ミミソミ「ラ」ソミレ~(フォーチュン「ク」ゥキィ~)
ラG(2):ミミソミ「ラ」ソミレド~(えがおを「み」せること~)
※特異音はシ。二種類のペンタトニックを使っている(後述)。
<コード>カノン系
C-G/B-Am-Am7/G-F-Em-F-G
<機能分析>
ミドC(3•1)-ミレG/B(6•5)-ミドAm(5•b3)-ラソAm7/G(1•b7)-
ミラF(7•3)-レラEm(b7•4)-レラF(6•3)-ミレG(6•5)
<コア分析>
ミド|ラソ|ミド|ラソ|:ミ→ラ→ミ→ラ ミド|レド|レミ|ラソ|:ミ→レ→レ→ラ
<譜割り>
◇◇●ー●●◇●|ー●●◇●ー●ー|◇◇●ー●●◇●|ー●●◇●ー●ー| ●ーーー●●◇●|ーーーー●●◇●|ーー●ー●●◇●|ー●●◇●ー●ー|
◇◇ミードド◇ミ|ーミミ◇ラーソー|◇◇ミードド◇ミ|ーミミ◇ラシラソ| ミーーードド◇レ|ーーーードド◇レ|ーーレーレレ◇ミ|ーミミ◇ラーソー|
基本ビート:「ドッドッドドッド|ードドツダンダン」
<解説>
響きの秘孔をピンポイントで直撃して大ヒット。もう笑いが止まらない。名付けて「モータウン盆踊り」。Soul系のトラックに盆踊りのメロディ。特異音はブルージーな「シb」ではなく,また単純な「ド」でもなく,その中間の「シ♮」を使っているところがミソ。「シb」か「シ♮」か,それとも「ド」か。実力者は正しい選択をした。
サビ全体のポイントは,「ミ」を中心とした二つのペンタトニック。多くの曲で「ミ」は特異音なのに,ここではいきなりトーナルセンターで使っちゃう(やるナ〜)。
ポイント①は1〜3小節目まで。メロディ・ラインは,ミミレド(こいする)+ミミソミ「ラ」ソミレ(フォーチュン「ク」ウキイ〜)。「ラ」はマイナー的な響き。ここでウルッと来る。「ラ」のマイナー感と,Gコードのドミナント7thが9thの関係で重なって,嫌味のないブルースになっている(ブルーノートなんか要らないのだ)。 スケールは一見してC=Amペンタトニックだけど,トーナルセンターは「ミ」。だから「ミソラドレ」(1b34b6b7)のペンタトニック・スケールが正解。キーの中心はド,スケールの中心はミ。ズレていて浮遊感があるからいい! ここ重要。
ポイント②。メロディはミミソミラシラソミ(そんなわる「く」ないよ〜)。特異音は4小節目の「シ」。一瞬だけEmペンタトニックに変わる(ミソラシ:1b345)。この「シ」は決して思いつきではない。「ミ」がトーナル・センターだから,2小節目の「ラ」と4小節目の「シ」の響きの違いが生きてくる(マイナー的「ラ」→メジャー的「シ」)。これが大ヒットの秘訣である。素人は「ド」や「bシ」を特異音に使うだろう。しかし大ヒットの正解は「シ♮」だった。これは日本の大衆的な響きなのかもしれない(「ずいずいずっころばし」。山下邦彦が述べた「bから#」へのブルース)。
教訓:メロディの文法を駆使して,メジャー的響きとマイナー的響きをハイブリッドさせろ!